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家茂将軍の素顔
2008/09/28 22:30 [Sun]
category:〔十四代〕家茂
今回は、十四代将軍・家茂についてご紹介します。
幕末の動乱時期に13歳で将軍となり、21歳で病没するまで、短い波乱の人生を送った家茂とはどんな人物だったのでしょうか。


歴代の将軍家の座を巡っては、少なからずドラマがあるものですが、特に十四代将軍の座を巡っては、苛烈な政争が繰り広げられました。
この点については、これまでも触れてきたので詳細は省きますが、特徴的なことは幕閣、徳川御家門だけでなく、外様雄藩も絡んだ争いだった点と本人たちの意向と関係なく苛烈化していった点です。

  雄藩 ・・・ 政治力、経済力などの実力のある藩。


当時、慶喜が22歳、家茂は13歳。
慶喜については、幼少の頃から聡明であるという評判が一人歩きしていました。
混迷の政局を収束していくには、もはや、お飾り将軍であってはならないという危機感が慶喜を押し上げていました。
とはいえ、周りの思惑とは関係なく、慶喜自身は自分の評判が一人歩きする事を迷惑に思っていた節があります。


一方、家茂(当時の名は慶福)については家定に血筋が近い(従兄弟)ということだけで、家茂の能力、人となりが語られることがほとんどありませんでした。

家茂は、紀伊徳川家十一代・徳川斉順(なりゆき)の次男として生まれ、わずか4歳で紀伊徳川家十三代藩主となります。
父の斉順は、十一代将軍・家斉の七男で清水徳川家当主から紀伊藩主となった人物ですが、家茂が生まれる前に没したため家茂は父を知りません。
また、家茂自身も自分の子を持てなかった事を考えると肉親の情に恵まれなかった家茂の孤独感が垣間見える気がします。


家茂の有名なエピソードとして次のようなものがあります。

「家茂は、幼少の頃は池の魚や籠の鳥を可愛がるのを楽しみとしていた。
しかし13歳の時に将軍となると、それらの楽しみを捨てて文武両道を修めるように努めた。
病弱な体なのにささやかな楽しみすら捨て、良い将軍であろうと心がけていた姿は幕臣たちを当時も没後も感激させたという。」


多くの将軍がそうであったように家茂も健康で丈夫な体を持っているわけではありませんでした。
ただ、書道の師匠が失禁した際に、それに気付いた家茂は、悪戯を装い、頭から水を浴びせ、恥をかかせないようにした話や後に妻の和宮にみせた心遣いなどもあわせて考えると非常に優しい心根を持った人物であったのがわかります。

また、家茂は将軍職の責任の重大さを真摯に受け止める生真面目さも持ち合わせていました。
五代将軍・綱吉や八代将軍・吉宗にも共通していると思いますが、養子であるがゆえに将軍以上に将軍でなければならないと強く意識していたと思います。

家茂のイメージを映像化したならば、NHK大河「篤姫」で描かれているように育ちの良い好青年であったと言えると思います。
幕臣に対しても、大奥に対しても、細かな心遣いをしたと伝えられ、没後も旧幕臣に慕われた将軍でした。
辛口で有名な勝海舟でさえ、家茂を敬愛していたことは、その日記から伺うこともできます。

ただ、その人望は幕末の激動を乗り切る力には成りえませんでした。
慶応2年(1866年)、家茂は第2次長州征伐の途上、大坂城で病に倒れました。
孝明天皇も、幕府も懸命に手を尽くし、家茂の回復を願いましたが21歳の若さで力尽きるが如く薨去しました。

「若さゆえに時代に翻弄されたが、もう少し長く生きていれば、英邁な君主として名を残したかもしれない。武勇にも優れていた人物であった」(勝海舟)


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